[教科書採択]中学校教科書採択ー保守系教科書の躍進の背景には、教育基本法改正があった
■新教育基本法下の教育改革20
中学校教科書採択を振り返って
保守系教科書の躍進の背景には、教育基本法改正があった―
(村主 真人 民間教育臨調研究委員)
八月三十一日、来年度から使用される中学校用教科書の採択作業が終了した。新教育基本法・新学習指導要領への完全対応をうたう育鵬社・自由社の保守系二社の教科書の採択結果は次のようなものであった。
●育鵬社・自由社の採択結果
公立学校での保守系教科書の採択は、「教科書改善の会」のメンバーが執筆した育鵬社が、採択区が統一された横浜市で歴史・公民を押さえたのに加え、栃木県大田原市(歴・公)、埼玉県立伊奈学園中学校(歴・公)、東京都大田区(歴・公)、東京都武蔵村山市(歴・公)、東京都中高一貫校(歴・公)、東京都特別支援学校(歴)、神奈川県横浜市(歴・公)、神奈川県藤沢市(歴・公)、神奈川県平塚中等教育学校(歴)、大阪府東大阪市(公)、愛媛県立中高一貫校・特別支援学校(歴・公)、愛媛県今治市(歴・公)、愛媛県上島町(歴・公)、愛媛県四国中央市(歴・公)、香川県立高松北中学校(歴・公)、広島県尾道市(公)、広島県呉市(歴・公)、島根県益田採択地区(益田市、津和野町、吉賀町・歴)、山口県岩国採択地区(岩国市・和木町・歴)、沖縄県八重山採択地区(石垣市、与那国町、竹富町・公)、以上が育鵬社である。
一方の「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが執筆した自由社は東京都特別支援学校(公)となった(九月一日現在)。
教育基本法改正前の採択では、保守系教科書の採択率は一%弱であったが、今回、東京都大田区や武蔵村山市、藤沢市、東大阪市、呉市、尾道市、石垣市など、これまで左翼運動が活発であった新しい自治体にも採択を伸ばしている。今回の採択率は推定で歴史が三・八%、公民が四・一%(暫定)となっている。
●教育基本法改正を踏まえた採択
今回このように採択が伸びた背景は、平成十八年の教育基本法改正と、それを踏まえた平成二十年の学習指導要領改訂がある。教科書採択の現場で、教育基本法や学習指導要領が決め手となったことは、教育委員や教育長の発言からわかる。
例えば、育鵬社を採択した武蔵村山市の持田教育長は「国や郷土を愛する態度を育てることを重視した新学習指導要領の趣旨にもっとも合っていたことが大きい」と語り、横浜市の教育委員会でも「改正教育基本法に照らして吟味した」「安全保障の観点から、東アジア情勢との関連で国家主権をおさえているか」「国土と歴史に対する理解や愛情を深める教科書を」といった、教育基本法・学習指導要領の理念との一致を評価する意見が相次いだのである。
●学習指導要領の改善と文科省の指導通知
平成十八年に全面改正された教育基本法は、「豊かな情操と道徳心」「公共の精神」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」ことといった、道徳心、公共心、愛国心・郷土愛を児童・生徒が国民として身につけるべき資質として、教育の目標に掲げた。
これを受けた平成二十年の学習指導要領改訂では、伝統と文化の尊重を各教科で充実することを掲げるとともに、小中学校において、神話、宗教、領土、防衛、国際貢献、国旗国歌などを指導要領とその解説書で詳しく書き込んだのである。
その後、文部科学省の「教科用図書検定調査審議会」は、平成二十年十二月にまとめた「教科書の改善について」の中で、「採択にあたっては、教科書の装丁や見映えを重視するのではなく、内容を考慮した、十分な調査研究が必要である」こと、「教育基本法等の改正や新しい学習指導要領の趣旨を踏まえた『教科書改善に当たっての基本的な方向性』を参考にし、各採択権者の権限と責任の下、十分な調査研究が行われ、適切な採択がなされること」を求め、これを都道府県に通知した。これまでともすればイラストや写真の量、色彩といった内容に関わらないところで比較してきた評価の方法を改め、教育基本法と学習指導要領の内容に基づく比較調査を行うよう指導したわけである。
●教育委員会が作り直した比較の観点
文科省の指導を受け、都道府県教育委員会は採択基準の見直しや、調査選定資料を作成する際の観点項目の見直し作業を開始した。次にいくつかの教育委員会の採択の新しい基準を見てみよう。
熊本県教委は、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うための工夫がなされていること」など、教育基本法を引用した「選定基準」を策定した。
神奈川県教委は、教科書比較の観点に「北方領土」「竹島」「尖閣諸島」「慰安婦」「強制連行」「拉致」などを新設し、各教科書の傾向を浮き彫りにした。これにより、指導要領の解説書には竹島の指導方法が指示されているのに、教科書に掲載していなかったり、不十分な記載の教科書が一覧できるようになった。
東京都教委は「拉致」や「我が国の領域」、「宗教や伝統文化(公民)」「神話伝承を知り日本の文化や伝統に関心を持たせる資料(歴史)」などの観点項目を設けて比較した。教育基本法改正で「一般的教養」の尊重が明記された宗教、あるいは「伝統と文化」について、各教科書の取扱いの軽重が比較の対象となった。
広島県教委は同様に、「主権領土等(公民)」「神話伝承等(歴史)」や「国旗・国歌(公民)」の項目を立てた。平成十年に国歌の指導をめぐって校長先生の自殺があり、以後三年間文科省の是正指導を受けた広島県では、国旗国歌の教科書記述は今なお大きな注目点となっている。
その一方、教育委員や事務職員個人の自宅へのいやがらせなどの採択妨害活動も依然として行われている。各教育委員会では静謐な採択環境を整えるため、例えば神奈川県教委は「外部からの不当な働きかけ等により採択が歪められないよう静ひつな採択環境を確保すること」と通知し、長崎県教委も「円滑な採択事務に支障をきたすような事態が生じた場合や違法な働きかけがあった場合には、各採択権者が警察等の関係機関と連携を図りながら、毅然とした対応をとること」と、市町村に通知した。違法行為には毅然として対応せよという都道府県の姿勢は、横浜市などの教科書採択の後押しとなったといえるのではないだろうか。
●法令改正内容を反映した採択を求めた地方議会
あわせて地方自治体の議会では、教科書採択を前に「教育基本法・学習指導要領の改善を踏まえ最も適した教科書の採択」を求める決議や請願が秋田県、宮城県、茨城県、千葉県、埼玉県、神奈川県、川崎市、石川県、富山県、岐阜県、滋賀県、京都府、京都市、堺市、和歌山県、熊本県、鹿児島県(以上都道府県・政令市)などで採択され、教育委員会に議会からの要望が伝えられた。
議会による教育委員会の採択行政を監査する、こうした取り組みも教科書を比較する調査資料の改善に一定の効果をもたらしたと考えてよい。
都道府県政令市議会の決議・請願や、都道府県教委の観点別評価見直しが、直接採択に結びつかなかったところも多い。今回、教育基本法・学習指導要領の改善内容の周知徹底は都道府県段階までは一応の成果が出た。今後、直接の学校設置者であり、採択権者である市町村に、さらに一段階進んだ啓発活動を行うことが重要であることが課題として残った。
(『日本の息吹』平成23年10月号より)