「海道東征」-神武さまの御足跡を訪ねて (日本の息吹2月号より)
「海道東征」-神武さまの御足跡を訪ねて
安本 寿久 やすもと としひさ
昭和33年、兵庫県生まれ。大阪社会部次長、編集局次長兼総合編集部長、産経新聞編集長などを経て特別記者編集委員。著書に『評伝廣瀬武夫』、共著に『親と子の日本史』『坂の上の雲をゆく』『人口減少時代の読み方』など。また、古事記編纂1300年の平成24年より産経新聞に連載された「日本人の源流神話を訪ねて」の神話取材班キャップを務め、連載の一部をまとめた『海道東征をゆく神武さまの国造り』(正・続)を産経新聞大阪本社から出版(現在、この2巻の合本として『神武天皇はたしかに存在した-神話と伝承を訪ねて』が刊行されている)
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平成27年に産経新聞で連載された「海道東征をゆく 神武さまの国造り」は丹念な取材によって、「東征」の足跡を辿った画期的なものであった。戦後は、神武天皇の存在そのものを否定する説が横行したが、取材を通してのスタッフの確信は「神武天皇はたしかに存在した」というものだったという。取材班キャップを務めた安本氏にお話を伺った。―
■「神話を忘れた民族は滅びる」-根っこを忘れるな
― やはり学校教育でしっかりと教えなければいけませんね。
安本
そうそう。それで思い出しましたが、産経新聞に連載中の読者からの反響で興味深かったのは、60代以上の方が多かったことです。第一部「日本人の源流、神話を訪ねて」の連載時には奈良支局に200人の方からコピー下さいませんかと、電話や訪問があったという。私も連載担当の経験は長いのですが、こんなことは初めてでした。なぜ60代かというと、神話は知っているつもりだった。でもこんな物語だったとは知らなかったと。大蛇退治や因幡の白兎、海幸山幸などのお話は、戦後世代も絵本や祖父母の読み聞かせなどで知っているわけです。でも例えば、大国主命がウサギを助けて八上比売(やかみひめ)と結ばれるということまでは知っている。ところが、その後はあまり知らない。嫉妬した兄神たちに何度も殺されては生き返り、ついに根の堅州国に行って、今度はスサノオノミコトの試練に耐えぬいて、ついにスサノオノミコトから国造りの使命を受けて、国づくりをする。そんな物語が続いていたことは知らなかった。
― 連載を読んで初めて気づいたこと。
安本
ですから、幼稚園などで神話の絵本に親しんでいることの意味は大きい。つまみ食いではあるけれども、ああ、あのお話ね、と了解している。すると長じた後にそれをストーリーとして教えられると、呑み込みが早い。新学習指導要領では、神話について教えることになっているわけですから、物語の概略くらいは教えてほしいですね。
― 神武天皇の絵本もどんどん出てほしいですね。
安本
ええ、きっかけになればいいですね。天皇が現行の憲法でも象徴として君臨していらっしゃるのはなぜか、皇室の由来を語るのに神話を無視することはできない。まさにそこに源はあるわけですからね。それなくしては、なぜ憲法の第一章が天皇なのか、説明できないでしょう。
― 大学で憲法学を講じている竹田恒泰氏が、憲法第一章の授業の時には、古事記から始められるそうですが、的を射ていますね。
安本
ええ、根拠はそこにあるわけですからね。
― 最後に神武天皇の物語を伝える意味について改めてお願いします。
安本
カムヤマトイハレビコノミコトが日向を立たれて東征に向かわれたのが、45歳なんですね。そして、東征期間16年説を採ると、橿原で天皇に即位されたのは61歳ということになる。よほど気持ちが強くなければ、できなかったでしょう。そして、繰り返しになりますが、東征の過程で稲作を教え、文字通り、豊かな国造りをされながら進まれた。正に神武天皇は建国の父だと改めて思いますね。「12、13歳くらいまでに民族神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と歴史学者のトインビーが言っています。それは根っこを失ってはならないということだと思うんです。根無し草だといろんな苦難に耐える力がなくなるんですよ。昔ベトナムに旅行したとき、水上人形劇を観劇したことがあります。ハノイには国立の人形劇の劇場があって、子供たちに必ず観せることにしている。外国人用には英語のテロップが流れる。上演されていたのはベトナムの神話でした。山の神様と海の神様が結婚して卵がたくさん産まれました。半分から女の子が、半分から男の子が生まれました。山の神様は男の子を連れて山に帰りました。海の神様は女の子を海で育てました。だからベトナムは多民族国家なんですよと。
― おもしろいですね。
安本
人形劇団も国立なんです。つまり、国家が主導して子供たちに観劇させている。「どうしてですか?」と訊いてみました。すると、次のような答えが返ってきました。「ベトナムは同民族同士が南北に分かれて戦っていました。いま、それを一つにするために何が大事かと考えた時に、ベトナムという国ができた謂われから説き起こしていけばいいと。統一ベトナムができたときからこれをやっています」と。
― ああ、そういうことなんですね。
安本
国家が分裂したとき、国民の心をもう一度ひとつにする力が神話にはあるということなんです。だから国家分裂の危機に際して、どの国でも建国神話を思い出して団結しようとするわけです。日本は島国で恵まれた国だけれども、それでも歴史上国家の危機は何度かあった。その度ごとに建国の神話は甦っているんです。
― 幕末の危機が典型的ですね。
安本
そう、欧米列強の植民地化という危機を、明治維新を起こして乗り切ったわけですが、それは「諸事神武創業の始にもとづき」(王政復古の大号令)から始まっているわけですからね。話は飛びますが、平成24年(2012)の古事記編纂1300年をきっかけに始まった産経の神話シリーズの連載ですが、先述の通り、大きな反響があった背景には、平成22年(2010)9月7日の尖閣諸島中国漁船衝突事件があったと思っているんです。悪いのは向こうなのに日本政府が及び腰で逆にバッシングされるという後味の悪いものになってしまった。あの時、自信を失いかけた日本国民も多かったと思います。そこへ古事記1300年が巡ってきた。これによって自分たちは世界最古の歴史を持つ国なんだという自信を取り戻したんじゃないか。中国がごちゃごちゃ言って来たら、「たかだか建国60年そこらの国が何を言ってるんだ」と一蹴してやればいいと(笑)。60年と2670年(当時)とじゃ比較にもならない。
―なるほど、尊皇攘夷ではないけれども、対外的な危機感が自己防衛の意識となり、自分たちの国は一体どんな国なのかという自覚を求めるわけですね。
安本
アイデンティティを求める。またまた話が飛んで恐縮だけど、平成28年3月から産経で連載『戦後71年 楠木正成考』を始めたのですが、日本人がなぜ正成が好きなのか、というと、「公に尽くした」典型だからだと思います。足利尊氏は勝負に勝って幕府を立てたけれども、結局は私欲を刺激して作った政権にすぎなかった。3代将軍の義満は、大陸の明に朝貢貿易を行って、「日本国王に封ずる」と言われて喜んでいる。私欲、わたくしつまり「私」だけでできた政権は弱くてもろいものだから諸大名が跋扈して、応仁の乱に突入してしまう。一方で、敗れはしたけれども最期まで「公」たる天皇に忠義を尽くした正成は後世にまで尊敬を集めているわけですね。連載は、副題に『「公」を忘れた日本人へ』と付けましたが、昨今の世相を思うにつけ、今こそ、改めて「公」の精神を取り戻さなければいけないと思います。日本では、その公の中心に天皇、皇室がおられる。ですから日本においては、神話に由来する天皇陛下がおられる限り、どんな危機に遭っても国が一つにまとまる。本当にありがたい国柄です。だからこそ、いま、皇位継承の基盤の強化などいろいろと課題がありますが、皇室の安定こそ日本国の安定の大元ですから、しっかり守っていかなければならない。そのためにも教育で日本神話と日本建国の物語、天皇、皇室の由来をしっかりと教えなければなりません。連載の取材を通して実感したのは、神話が日本の歴史を貫いていることです。神話からの一本の糸でつながっている国に生まれ合わせた幸せを、建国記念の日を迎えるにあたり、改めてかみしめたいですね。
― 貴重なお話、まことにありがとうございました。
(日本の息吹 2月号からの一部抜粋)