第11回憲法フォーラム
対馬・ソマリア問題から9条を問う
平成21年5月3日
一昨年国会で憲法改正国民投票法が成立したが、衆参両院では未だに憲法改正案の発議を行う「憲法審査会」が設置されていない。「国民投票法」施行を一年後に控えた五月三日、各地で憲法改正を求める集会が開催された。
東京では、本会も支援している民間憲法臨調(三浦朱門代表世話人)の主催で「国の安全・独立と憲法9条―対馬・ソマリアを問う」をテーマに「第十一回公開憲法フォーラム」が開催され、八百名が集った。
速やかな憲法審査会の設置と九条改正のための憲法論議を
はじめに主催者を代表して同会代表委員の大原康男國學院大學教授が、「北朝鮮の弾道ミサイル発射に対して、ミサイル迎撃を内閣総理大臣が下令したことを国民は圧倒的に支持している。集団的自衛権問題の議論も麻生総理は行おうとしている。与党に憲法審査会設置の動きも起こりつつある中、全面的な憲法改正を志向しつつ具体的に九条問題を論じたい」と挨拶を述べた。続いて、同日、四十七都道府県で憲法タウンミーティングを開催している(社)日本青年会議所の安里繁信会頭が来賓挨拶。その後、同会世話人でジャーナリストの櫻井よしこ氏が基調講演を行い、続いてシンポジウムが行われた。同会運営委員・西修駒澤大学教授の進行で、パネリストに自民党の山谷えり子参議院議員、民主党の長島昭久衆議院議員、秋山昌廣海洋政策研究財団会長を迎え、対馬・ソマリア問題から憲法九条の問題まで論じられた。また同会事務局長の百地章日本大学教授より「速やかな憲法審査会の設置と憲法九条改正を求める」緊急提言が発表された。以下、櫻井、山谷、長島、秋山各氏の提言要旨を掲載する。
●基調提言
政治力の基本は外交と軍事
―米国で存在感強まる中国、薄まる日本
櫻井よしこ ジャーナリスト
北朝鮮のテポドン発射に対する国連決議問題で各国が振り回されていた頃、アメリカのワシントンに行く機会がありました。そこで、私は、大国アメリカがいまどのように揺らいでいるか、またその一方で軍事力、経済力を兼ね備えた中国がどのような形で政治力を行使し、存在感を強めているか、そしてまた日本の影がどれほど薄くなっているか、といったことを実感してきました。
興味深かったことは、いまアメリカの外交は、基本方針さえもまったく定まっていないということを、外交当事者たちが認めていたことです。政権の過渡期にあるアメリカの最大の関心事は国内経済を回復させることであり、そのためにどんな外交を取ればよいのか、という順序で物事を考えている。つまり、アメリカの外交はいま形成されつつあるのであり、それに振り回されているのが日本、逆にそれを利用して己の立場を強くしつつあるのが中国なのです。
現政権に強い影響力を持ち、米中経済安保調査委員会のメンバーでもある民主党系のキャロライン・バーソロミュー氏は、意外にも中国の脅威を口にしました。「中国の軍事力の増強ぶりを我々は理解出来ない。コンピュータのサイバー攻撃も脅威だ。中国は、力の源泉を軍事力に定めて、そこから汲み出した力を外交に及ぼし、政治に及ぼそうとしている」と。
国家の宿命として、外交と軍事は車の両輪です。軍事力のバックアップのない外交は説得力が弱く、外交における論理だった主張無しの軍事力は、単なる暴力に過ぎない。外交と軍事の両方のバランスの取れた土台というものを持って初めて政治の力というものは生まれてくる。中国は、力の源泉をまず軍事力に求めている、というのがアメリカの民主党中枢の人たちから聞いた中国観でした。さて、ワシントンには中国問題の専門家が雨後の筍のように増えています。
「中国政府は多額の資金を与えて、多くの中国専門家を育て、アメリカとの関係を深めようとしている。我が国にはそういう発想がない」と日本大使館関係者が嘆いていました。いまでは数少なくなった日本問題の専門家の一人で、保守系シンクタンクの新進気鋭の研究者マイケル・オースリン氏は、次のように言いました。
「日本はいつになったら政治力を回復するのでしょうか。日本が政治的に迷走している間に中国がぐんぐん力をつけてきている。日本人は自分たちの視野に入ってくるものしか見ないし、考えない。例えば、アメリカとのことでは、基地問題しか考えない。世界戦略のなかで、日本を位置付け、アメリカを位置付けるということができない。その間にも、中国は日本を削り取って行くでしょう」と。
我が国は国家の基本について、改めていま考えなければならないと痛感いたしました。
先述しましたように、国家の基本は、外交と軍事が対になっていなければなりません。我が国にも自衛隊という軍事組織が存在しますが、普通の国の軍隊に適用される交戦規定がない。軍隊と警察とはまったく違う目的を持った、まったく違う組織なのに、まるで木に竹を接ぐかのように、我が国の軍隊を警察官職務執行法に従わせている。極めておかしいことです。
自国の安全、独立を担保する自前の力が、我が国にはないといわざるを得ない。その原因は憲法にあります。この異常な国の在り方を正常にするには、憲法を改正するしかないのです。ところが、国会の憲法審査会さえ、まだ設置されていない。これは政治の怠慢です。我が国が、自前の健全な防衛力を持ち、国際社会に対して責任ある、尊敬される国家になるために、憲法改正への動きを具体化していかなければなりません。
●対馬問題から国境を守る新法制定へ
山谷えり子 参議院議員(自民党)
戦後間もないころの国会は、今よりまともでした。共産党の野坂参三氏が、昭和二十一年に党を代表して「憲法九条は空文に過ぎない。日本の民族の独立を守れないから反対だ」と演説しました。自民党も新憲法制定が立党の精神でした。憲法制定から六十二年が経ち、時代に憲法が合わなくなっているにも拘わらず、国会が立法府として誠実に議論を進めようとしないことに、私は焦りと怒りを感じています。数年前、私は拉致議連の副会長として、横田早紀江さんらと渡米いたしました。アメリカで聞かれたことは、「海上封鎖しましたか」「特殊部隊を出しましたか」という質問でした。残念ながら日本ではそのようなことは議論もされず、国民の生命・財産を守る主権国家として、不誠実極まりなかったのです。特定失踪者問題調査会に四百人以上の家族から問い合わせが寄せられ、未だ何人拉致されたのかさえ分かっていないのが現状です。
私は「日本の領土を守るために行動する議員連盟」の会長をしていますが、北方領土や竹島が教科書にきちんと明記されることや尖閣諸島周辺が平穏に保たれるように行動して参りました。また、「対馬が危ない」という声を受けて、領土議連として昨年末、対馬を訪れ実態調査を行いました。高齢化が進み人口が減少する島で、自衛隊施設周辺の安全保障上重要な地域が次々と外国の資本によって買われている。私たちが日本海海戦といい、欧米人が「battle of Tushima―対馬の戦い」と言っている、その海戦時に使われた港も韓国資本に買われていました。中川昭一先生が会長を務める真保守政策研究会と領土議連との合同で「国境の離島を守るための新法」を作るため、プロジェクトチームを作動させました。大正十四年に作られた「外国人土地法」が実はまだ有効だとわかったので省令を出すように防衛省に言いました。すると、「安全上別に問題は無いと思うので、省令を出す必要はない」というのが防衛省の見解でした。最近の高校生の意識調査では六割が憲法を改正すべきでないと答えています。国民の生命、財産、国家の主権を守る大切さを私達は伝えなければなりません。
安倍内閣で国民投票法が成立しましたが、いまだに憲法審査会は設置されずにいます。五年間審議した憲法調査会は、憲法改正の方向性を出しています。私は次期総選挙の自民党政策プロジェクトのメンバーとして、この問題を提起していきたいと思います。
●海洋国家日本の矜持を取り戻せ
長島昭久 衆議院議員(民主党)
イラク・アフガンの後始末と自国経済の建て直しに忙殺されるアメリカはしばらくは頼りになりません。しかし、見方を変えるとこれは我が国が自立するチャンスです。近年、海洋と宇宙に関する基本法ができました。これらも含め、我が国が安全保障に責任を持っていく、いま、そういう国家に生まれ変わる時期に来ていると思います。わが国の自立を阻んできた最大の阻害要因が憲法九条です。それが、最も先鋭的に現れたのが、対馬、そしてソマリアの海賊対処の問題です。前者について昨年十一月に衆議院安全保障委員会で、私は「海上自衛隊の対馬防備隊本部の真っ只中に外国資本が入り込んで来ることは、基地の運用上、また安全保障という観点から問題がないか」と質問しました。これに対して、政府・防衛省は「隣接する民間業者から海上自衛隊対馬防備隊本部に対し、工場跡地の売却について何度か話があったが、その必要性はないと判断して、海上自衛隊としては当該土地を購入することはなかった。外国人等による自衛隊基地に隣接する土地の買収が部隊の運営に直接影響があるとは認識していない」と答えました。こんな答弁がまかり通っているのです。軍港・横須賀港の周囲には米海軍基地を見下ろせる高台がいくつもあります。三年前、ある経営者がその高台の一つを購入して登記しました。その三日後に中国人二人が土地を譲ってもらえないかと訪ねて来て、一週間後にはロシア人が二人来たそうです。
その方はいぶかしく思って、当時の額賀防衛庁長官と後任の久間長官、そしてアメリカのシーファー駐日大使に手紙を送りました。防衛庁からは何の返事もなかったが、シーファー大使からは、直筆のサイン入りの返信が来ました。その後、米海軍犯罪捜査局の捜査官から色々と事情聴取されたそうです。これほど日米には安全保障に関する感覚に大きな違いがある。山谷先生も話されましたが、実は、我が国には「外国人土地法」があります。これは大正十四年に作られ今でも有効な法律です。「国防上必要な地区においては、政令によって外国人等による土地の権利の取得につき禁止をし、また条件もしくは制限を付することができる」と書いてある。現在韓国にも同じような法律があり、政令によって土地の売買について制限しています。
私達も外国人土地法に基づいた政令を制定すれば、対馬や横須賀のような問題は起こらないということです。さて、ソマリアの海賊問題に取り組む中で、実は愕然としたことがあります。それは、「日本は海洋国家ではなくなってしまった」ということです。なんと現在日本国籍の船舶は九十二隻、日本人船員は二千六百五十人しかないのです。昭和四十九年のピーク時には、それぞれ千五百八十隻、五万六千八百三十余人でした。いまや海洋国家とは名ばかりで衰退の極みなのです。海洋国家日本としての矜持を取り戻す第一歩が、この海賊退治だと思っています。そのためにも憲法九条は改正されなければなりませんが、もうひとつのポイントは、自衛隊の権限の根拠規定を、「ポジティブリスト」から、「ネガティブリスト」へ変えることです。今回のアデン湾への派遣もその他イラクやPKOでの活動も自衛隊は、警察官の職務執行法の準用でしか武器使用など認められなかった。警察という組織は「ポジティブリスト」、つまり、やっていいことだけ法律に書かれている。一方、軍隊は、「ネガティブリスト」、つまり、やっていけないことだけ法律に書いてあって、それ以外は状況に応じて何をやってもいい。これが国際常識です。根本の問題は憲法九条に起因します。日本の自衛隊は警察並みで良いという設立当時の政府決定をそのまま引きずっている。憲法九条改正と共に、自衛隊を軍隊として「ネガティブリスト」に基づく組織に変えなければならないと思います。
●国民の生命・財産を守る国家観を
秋山昌廣海洋政策研究財団会長
平成十九年に制定された海洋基本法には、「海洋の安全確保」と「離島の保全」ということが謳われているということをまずは確認しておきたい。さて、昨年、全世界で発生した二百九十三件の海賊事案のうち、アデン湾・ソマリア沖の海賊事案は百十一件と多くを占めています。海洋政策研究財団の調査では四十二件が乗っ取られ、そのうち日本の関係船舶が六件でした。
今年に入ってからは四月二十七日までに二十九件が乗っ取られていますが、実数はこの倍に上ると思われます。三月十四日に出航した海上自衛隊の艦船は、海賊が頻発するシーズンにギリギリ間に合ったという状況です。この海域では年間二万隻の民間船舶が航行し、そのうち日本の関係船舶は約二千隻前後、日本を資材基地とするものも含めますと約四十五%に当たる九千隻に上ります。日本の輸出入の貨物の九十九・五%は海上輸送ですので、海洋立国日本にとってこの海域は生命線なのです。にもかかわらず、我が国の具体的な行動は非常に遅かった。海洋政策研究財団と日本財団は昨年秋、海上自衛隊をソマリア沖に派遣すべきだという緊急提言を麻生総理に提出しました。法的整備をして他国の軍隊並みに活動できなければ意味がないという意見も一方にはありましたが、自衛隊法に海上警備行動の規定があるのであれば、とにかく艦艇を出すべきだと主張しました。そのとき頭に去来したのは拉致問題のことでした。
北朝鮮の拉致問題は、当時の日本の社会も政治も同胞の拉致を防げなかった痛恨事です。今回の海賊問題でも、昨年、日本の関係船舶が六隻も拉致されたのに、政府が即座に動かなかったことに、私は非常に危機感を持ちました。日本人の生命・財産を守るのは国家しかない。それが出来ないなら、拉致と同じ悲劇が起こると思いました。私は、海賊問題を巡って、日本人の安全保障の意識がかなり変わってきたのではないかと思っています。実は今回、画期的なことがありました。それは、三月十四日、呉港での派遣自衛艦の出発式に日本船主協会の代表が参加したことです。これは戦後初めてのことでした。実は、日本船主協会は海上自衛隊とは全く関係をもってきませんでした。それは、先の大戦の戦時という状況下、日本海軍が民間船を守ってくれなかったというトラウマによるものでした。その意味で、今回の海賊対策において、自分たちを守ってくれる存在として、国家、あるいは海上自衛隊に船舶の護衛を要請し、その出発を敬意をもって見送ったという事実は、歴史的な出来事だったと思います。海上警備行動で派遣すること自体も憲法違反だ、海外派兵の先駆けだといった議論が起こる根本原因は、憲法に、国民の生命・財産を守り、自由と独立を守るのは国家だと書いていないところから来ていると痛切に感じます。現在、ソマリアの海域では多くの国が国際協力で対応しています。EUもNATOも独自の組織体を形成しています。アメリカも第151合同任務部隊の中心として対応しています。日本は日米同盟と言いながらそうした組織体には参加できません。集団的自衛権の行使にあたり憲法違反だというのです。まずはこの集団的自衛権の解釈変更を速やかに行うべきです。
●わが国の安全と独立を確保するため、速やかに国会に憲法審査会を設置し、
憲法九条改正のための憲法論議を開始せよ!
一昨年五月、憲法改正国民投票法が成立し、衆参両院に憲法審査会が設置されることになった。しかし、すでに二年近くが経過しようとしているにもかかわらず、いまだに憲法審査会は設置されず、本格的な憲法論議もままならない状態にある。
この間、わが国を取り巻く国際情勢はますます厳しさを増し、北朝鮮はさる四月五日、国際社会からの度重なる中止要請を無視して弾道ミサイルの発射を強行した。また、中国政府はこの暴挙を厳しく批判すべく「安保理決議」を求めたわが国の要求を拒否し、北朝鮮に対する宥和的態度に終始してきた。その中国は二十一年連続して二けた台の国防費増額を続け、空母建造や海軍増強の方針を表明するなど、東アジア地域全体の平和と安全をますます脅かす存在となっている。
顧みるに、戦後六十年あまりの間、わが国では外交や防衛・安全保障問題について、与野党間に共通の土俵が形成されないままできた。このため、国家主権や国益にかかわる重要問題でようすら、挙国一致してこれに当たることができないでいる。昨年、わが国にとって安全保障上要がい害の地である対馬において、自衛隊基地周辺の土地が外国資本によって買収されていた事実が発覚したが、何ら有効な対抗策もとられないままである。また、本年三月、ソマリア沖での海賊に対処するため海上自衛隊の護衛艦を急遽派遣したものの、海賊対処法が制定されていないため、外国船は保護できず、海賊に対する武器使用も制限されたままである。このように、わが国が直面している緊急課題にも迅速に対応できず、防衛・安全保障問題の基本的解決にはほど遠いのが、残念ながらわが国の現実である。
もはやこのような事態を放置し続けるわけにはいかない。これらの諸問題に早急に対処するとともに、今こそ集団的自衛権の行使を否定した政府解釈を変更し、とりわけ最大のネックとなっている憲法九条二項を改正しなければならない。
本会は、国権の最高機関たる国会が、国益と国民生活を守るべく国民の負託に真摯に応え、速やかに憲法審査会を設置し、憲法九条改正の発議に向けて実質的な作業を開始することを強く求めるものである。
右、声明する。
平成二十一年五月三日
第十一回公開憲法フォーラム・民間憲法臨調